正味売却価額(正味実現可能価額)・再調達原価とは
執筆日:2023年11月15日
※本記事は、2023年11月15日現在に公表・適用されている会計基準等を参考にしています。
※対象:上級者・実務家
※本記事では、棚卸資産及び固定資産の減損会計自体の解説ではなく、「関連用語」を解説しています。
※本記事には公認会計士試験のレベルを超えた内容が含まれています。
※本記事の一部では著者の見解を述べています。
「正味売却価額(正味実現可能価額)」及び関連用語である「再調達原価」は、棚卸資産及び固定資産の減損会計に登場する重要な会計用語です。
特に「正味売却価額」は売却市場の時価を表す用語ですが、「正味売却価額」には様々な種類の時価が含まれることから、「時価の1つ」ではなく「時価の分類の1つ」と捉えます。また、正味売却価額や再調達原価の代わりに適用できる見積価額も存在します。
会計基準上における、これらの用語を意味する時価等の範囲は広く、かつ詳細な定めがあります。従って、実務上、会社の実情に合わせて棚卸資産・固定資産に適切に会計基準等を適用させるためには、会計基準等の深い知識と理解が必要です。
本記事では、「正味売却価額(正味実現可能価額)」「再調達原価」について、会計基準、適用指針、連続意見書及び論点整理に基づいて解説します。
会計基準等を整理して解説しているため、本記事を読んだ後に会計基準等を熟読・検討すれば、棚卸資産の評価や固定資産の減損会計の手続きにおいて、会社の実体に合った適切な見積方法を選択適用できると思います。
正味売却価額(正味実現可能価額)・再調達原価とは
目次
- 1.「正味売却価額(正味実現可能価額)」とは
- 1-1.棚卸資産評価基準上の定義
- 1-2.固定資産減損会計適用指針上の定義
- 1-3.正味売却価額の概要
- 2.「再調達原価」とは
- 3.会計基準上の取り扱い
- 3-1.棚卸資産評価基準上の取り扱い
- 3-1-1.原則的な取り扱い(考察付き)
- 3-1-2.市場価格が観察できない場合(補足あり)
- 3-1-3.合理的に算定された価額の見積が困難な場合
- 3-1-4.売価還元法を採用する場合
- 3-1-5.再調達原価の適用
- 3-2.固定資産減損会計適用指針上の取り扱い
- 3-2-1.現在時点の正味売却価額の算定方法
- 3-2-2.将来時点の正味売却価額の算定方法
- 3-2-3.外貨建て固定資産の場合
- (参考)不動産鑑定士や業者に固定資産の算定価額の鑑定・見積りを依頼する場合
- 4.まとめ
- 5.会計基準等・参考文献
1.「正味売却価額(正味実現可能価額)」とは
次の通り、「棚卸資産の評価に関する会計基準(企業会計基準第9号。以下、「棚卸資産評価基準」)」と「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第6号。以下、「固定資産減損会計適用指針」)」とで定義が異なります。
1-1.棚卸資産評価基準上の定義
「正味売却価額(正味実現可能価額)」とは、売価(購買市場と売却市場とが区別される場合における売却市場の時価)から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除したものをいいます(棚卸資産評価基準 第5項)。
※売却市場:当該資産を売却する場合に企業が参加する市場
また、「連続意見書第四 棚卸資産の評価について(以下、「連続意見書第四」)」には、「正味実現可能価額」について、「売価からアフター・コストを差し引いた価額をいう」との記載があります。
連続意見書第四の「正味実現可能価額」は「実現可能」の意味が不明確であること、及び、固定資産減損会計基準との用語を統一することを理由として、棚卸資産評価基準上では「正味売却価額」の用語を使用していますが、「正味実現可能価額」との意味に相違はない、としています(棚卸資産評価基準 第33項参照)。
1-2.固定資産減損会計適用指針上の定義
「正味売却価額」とは、資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除したものをいいます(固定資産減損会計適用指針 第28項参照)。
1-3.正味売却価額の概要
貸借対照表上の棚卸資産価額及び固定資産価額の期末評価の際に、取得原価(帳簿価額)と比較する時価の分類として「正味売却価額」を使用します。
会社は、その実情に応じて、正味売却価額に分類される複数の時価及びその他の見積価額(後述)の中から選択適用します(継続性の原則の適用あり)。
2.「再調達原価」とは
正味売却価額と同様に、「再調達原価」も棚卸資産評価基準と固定資産減損会計基準とで定義が異なり、前者では「購買市場の時価に、購入に付随する費用を加算したもの(棚卸資産評価基準 第6項)」をいい、後者では「同等の資産を取得するのに要するコスト(固定資産減損会計適用指針 第109項)」をいいます。
※購買市場:当該資産を購入する場合に企業が参加する市場
3.会計基準上の取り扱い
棚卸資産評価基準と固定資産減損会計適用指針に分けて説明します。
3-1.棚卸資産評価基準上の取り扱い
はじめに用語の定義を再掲します。
<棚卸資産評価基準>
- ・正味売却価額:売価(購買市場と売却市場とが区別される場合における売却市場の時価)から見積追加製造原価及び見積販売直接経費を控除したもの
- ・再調達原価:購買市場の時価に、購入に付随する費用を加算したもの
- ※売却市場:当該資産を売却する場合に企業が参加する市場
- ※購買市場:当該資産を購入する場合に企業が参加する市場
3-1-1.原則的な取り扱い(考察付き)
売却市場で市場価格が観測できる場合には、上記の定義に基づいて「期末における正味売却価額」を算定します。
(考察)「見積追加製造原価」と「見積販売直接経費」
- ・会計基準等に詳細は定められていません。
- ・「見積追加製造原価」は、棚卸資産が仕掛品の場合における製品完成までに追加で要する製造原価の見積額をいい、「見積販売直接経費(アフターコスト)」には、例えば、該当棚卸資産に要した発送運賃や販売手数料、広告宣伝費、保守・保証費などのうち、直接的に把握できるものを含み、本社の減価償却費などは間接経費のため含まないと考えられます。
- ※会社の取引実体に応じてそれぞれの範囲や見積額の計算方法を決めます。
3-1-2.市場価格が観察できない場合(補足あり)
市場価格の代わりに「売却市場における合理的に算定された価額」を「正味実現可能価額」の売価とします。
「合理的に算定された価額」について、棚卸資産評価基準には、「当該価額は、同等の棚卸資産を売却市場で実際に販売可能な価額として見積ることが適当(第48項)」とし、次の例が記載されています(第8項、第42項)
<「合理的に算定された価額」の例>
- ・期末前後での販売実績に基づく価額
- ・契約により取り決められた一定の売価
<補足>期末時点の「正味実現可能価額」が収益性の低下に結び付かない場合の考え方
- ・棚卸資産の貸借対照表価額は、期末に見込まれる「将来販売時点」の売価として設定します。
- ・従って、期末時点の正味売却価額が突発的な要因によって異常な水準となる場合には、期末の一時点ではなく、期末付近の合理的な期間の平均的な売価を用いることが適当です(以上、棚卸資産評価基準 第40項から第43項参照)。
- ・また、期末時点の正味売却価額と比較して将来販売時点の売価が下落しており、契約や事業遂行上等の制約によって、すぐに販売できない場合には、棚卸資産の収益性の低下を適切に反映させるため、将来販売時点の売価を用います(ただし、他の会計処理によって収益性の低下が適切に反映されている場合を除く)(棚卸資産評価基準 第46項)。
3-1-3.合理的に算定された価額の見積が困難な場合
期末前後の販売実績に基づく価額の把握でさえ困難な場合には、陳腐化が生じている場合が多く、正味実現可能価額の算定に代えて、次の方法による簿価の切り下げも認められています(棚卸資産評価基準 第9項、第49項)。
<正味実現可能価額の代替方法>
- ・帳簿価額を処分見込価額(ゼロ又は備忘価額を含む。)まで切り下げる方法
- ・一定の回転期間を超える場合、規則的に帳簿価額を切り下げる方法
- ※棚卸資産の物理的欠陥(損傷・品質低下等)又は経済的欠陥(陳腐化)が生じている場合に、棚卸資産評価基準の適用前の「企業会計原則」「連続意見書」が適用されていた時代から実務で用いられてきた方法
3-1-4.売価還元法を採用する場合
小売業の会社などで売価還元法を採用している場合においても、正味売却価額を算定する必要がありますが、「連続意見書 第四」に記載の「売価還元低下法による計算式に基づく原価率」により算定された棚卸資産価額は、収益性の低下に基づく簿価切下額を反映したものとみなすことができます(棚卸資産評価基準 第13項)。
3-1-5.再調達原価の適用
製造業における原材料等のように再調達原価の方が把握しやすく、正味売却価額が当該再調達原価に歩調を合わせて動くと想定される場合には、継続適用を条件として、正味売却価額の代わりに再調達原価(最終仕入原価を含む)によることができます(棚卸資産評価基準 第10項)。
また、再調達原価に加算する付随費用に重要性がない場合には、含めずに算定することも認められます(棚卸資産評価基準 第50項参照)。
3-2.固定資産減損会計適用指針上の取り扱い
用語の定義を再掲します。
<固定資産減損会計適用指針>
- ・正味売却価額:資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除したもの
- ・再調達原価:同等の資産を取得するのに要するコスト
正味売却価額の算定には、「現在時点の正味売却価額」を算定する場合と、「将来時点の正味売却価額」を算定する場合とがあります。
3-2-1.現在時点の正味売却価額の算定方法
回収可能価額の算定において、「使用価値」と比較する額として算定する場合や、すぐに処分を計画している場合に、「現在時点の正味売却価額」を算定します。
通常は、「現在時点の正味売却価額」よりも「使用価値」の方が明らかに高いため、算定する場合は少ないと考えられます(固定資産減損会計適用指針 第28項参照)。
(1)原則的な取り扱い
観察可能な市場価格が存在する場合には、原則として当該市場価格に基づく価額を時価として、「正味売却価額」を算定します(固定資産減損会計適用指針 第28項 (1) )。
(2)市場価格が観察できない場合
市場価格の代わりに「売却市場における合理的に算定された価額」を「正味売却価額」の時価として算定します。
次の通り、不動産とその他の固定資産に分けて定められています(固定資産減損会計適用指針 第28項 (2) )。
<合理的に算定された価額-不動産の場合>
- ・「不動産鑑定評価基準」(国土交通省)に基づいて算定
- ・自社で見積が困難な場合、不動産鑑定士より鑑定評価額を入手
- ・重要性が乏しい不動産:一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標(以下の表を参照)で算定できる
<容易に入手できると考えられる土地の価格指標>
引用元:固定資産減損会計適用指針 第90項
<合理的に算定された価額-その他の固定資産>
- ・コスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチによって見積
- ・自社で見積が困難な場合、製造業者や販売業者、物件売買仲介会社などから算定価額を入手
- ・重要性が乏しいその他の固定資産:一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標で算定できる
<コスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチについて>
種類 | 説明 |
---|---|
コスト・アプローチ | 同等の資産を取得するのに要するコスト(再調達原価)をもって評価する方法 |
マーケット・アプローチ | 同等の資産が市場で実際に取引される価格をもって評価する方法 |
インカム・アプローチ | 同等の資産を利用して将来において期待される収益をもって評価する方法 |
(3)処分費用見込額
処分費用見込額は、企業が、類似の資産に関する過去の実績や処分を行う業者からの情報などを参考に、現在価値として見積ります(固定資産減損会計適用指針 第28項 (3) )。
3-2-2.将来時点の正味売却価額の算定方法
主に「使用価値」の算定上の1要素として、主要な資産の経済残存使用年数経過時点における、資産グループ内の資産の正味売却価額を算定する場合に適用する方法です。
(1)原則的な取り扱い
「DCF法」に代表される手法によって、当該時点以後の一期間の収益見込額(キャッシュインフローとキャッシュアウトフローの差額)を、その後の収益に影響を与える要因の変動予測や予測に伴う不確実性を含む当該時点の収益率(最終還元利回り)で割り戻した価額から、処分費用見込額の当該時点における現在価値を控除して算定します(固定資産減損会計適用指針 第29項本文)。
(2)原則的な方法が困難な場合
次の通り複数の方法が定められています(固定資産減損会計適用指針 第29項ただし書き以降)。
<原則的な方法による正味売却価額の算定が困難な場合>
- ・現在の正味売却価額を用いることができます(上記「3-2-1.現在時点の正味売却価額の算定方法」(1)から(3))
- ・現在の市場価格や合理的に算定された価額である時価を容易に入手できない場合:重要性に関係なく、上記「3-2-1.現在時点の正味売却価額の算定方法」に記載の「一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標」を用いることができます。
<償却資産の場合>
- ・現在の正味売却価額から適切な減価額を控除した金額によることができます。
- ※重要性に関係なく、「現在の正味売却価額」として「一定の評価額や適切に市場価格を反映していると考えられる指標」を使用できます。
- ・資産の減価償却計算に用いられている税法規定等に基づく残存価額に重要性が乏しい場合:当該残存価額を、当該資産の経済的残存使用年数経過時点における正味売却価額とみなすことができます。
- ・減損損失の認識の判定における割引前将来キャッシュ・フローの総額を見積るにあたって、主要な資産以外の構成資産が償却資産の場合:現在の当該構成資産の「帳簿価額」から主要な資産の経済的残存使用年数までの適切な減価額を控除した金額を用いることができます。
3-2-3.外貨建て固定資産の場合
減損損失の認識の判定及び測定時の為替相場により円換算します(固定資産減損会計適用指針 第30項)。
(参考)不動産鑑定士や業者に固定資産の算定価額の鑑定・見積りを依頼する場合
以上の通り、正味売却価額の算定には複数の方法が存在します。減損会計の手続きにおいては、減損の兆候がない場合や、減損の兆候があったとしても、使用価値の算定において、将来時点の正味売却価額として公示価格(不動産の場合)や税法上の残存価額(償却資産の場合)などを用いるなどで足りる場合が少なくないため、不動産鑑定士や外部業者に依頼して、固定資産の正味売却価額を入手するケースは多くないと考えています。
しかし、もし、不動産鑑定士や外部業者への依頼を検討する場合には、次の2資料が役立ちます。
(1)財務諸表のための価格調査に関する実務指針 (公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会)
固定資産の減損会計をはじめとする、会計処理に必要な不動産価格の鑑定評価に関する不動産鑑定士の実務上の指針です。
依頼の際に不動産鑑定士に伝えるべき情報や、具体的な不動産鑑定の方法など、固定資産の減損会計の手続きに沿って記載されています。
不動産鑑定士の選定基準としても有用です。
(2)機械設備の評価実務(日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第66号)
機械設備(機械装置、車両運搬具、工具器具備品の総称)の評価実施に関する情報を取りまとめたものです。日本では不動産とは異なり、機械設備の評価について資格制度や法令等が未整備であり、実務慣行も未成熟なのが現状です。
当資料には、機械設備の評価方法の詳細が記載されており、評価例も示されているため参考になります。
まとめ
以上、正味売却価額を中心に、再調達原価も含めて棚卸資産の評価と固定資産の減損会計に分けて、それぞれ詳細に解説しました。
棚卸資産・固定資産の見積価額の算定には、様々な方法があることが理解頂けたと思います。
会計基準等・参考文献
※2023年11月15日現在。リンク先の会計基準等・参考文献は最新版でない場合があります。
会計基準等
・棚卸資産の評価に関する会計基準(企業会計基準第9号)
・棚卸資産の評価基準に関する論点の整理(企業会計基準委員会)
・企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書第四 棚卸資産の評価について(大蔵省企業会計審議会)
・固定資産の減損に係る会計基準(固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書)(企業会計審議会)
・固定資産の減損に係る会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第6号)
・「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」の検討状況
の整理(企業会計基準委員会)
参考文献
・財務諸表のための価格調査に関する実務指針(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会)
・機械設備の評価実務(日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第66号)
・グローバル展開を行う製造業における減損会計の留意点②(デロイト トーマツ WEB情報)
日本の会計基準として古くから存在し現在も実務においてお世話になる会計基準。「真実性の原則」「実現主義」「取得原価主義」など、会計学を学ぶならば欠かせません。試験勉強でも各会計基準を学ぶ前の「土台」としての役割を担う論点のため、専門スクールのテキストでも最初に解説されています。