事前テスト(ヘッジ会計)|リスク管理方針の記載例(上級)
執筆日:2024年10月19日
※本記事は、2024年10月19日現在に公表・適用されている会計基準等に基づいています。
※対象:上級者・実務家
※本記事の一部で著者の見解を述べています。
※実際にヘッジ会計の事前テストを導入する場合には、必ず「金融商品会計に関する実務指針」をはじめとする会計基準等をご参照下さい。
「事前テスト」はヘッジ会計の適用要件の1つであり、「金融商品会計に関する実務指針(以下、実務指針)」に詳細が記載されています。
しかし、デリバティブ・ヘッジ会計が難しい上に関係条文が多く、特に「リスク管理方針」をどのように記載すれば良いのか、文例を見つけるのに苦労している経理担当者も少なくないと思います。
そこで、本記事では、単純なデリバティブ取引を利用してヘッジ会計を適用する企業を前提に、実務指針を中心とした金融商品会計基準に基づき、事前テストのリスク管理方針の記載例等について詳細を整理して解説します。
※ヘッジ会計の概要は下記の記事を参照
事前テスト(ヘッジ会計)|リスク管理方針の記載例(上級)
目次
ヘッジ会計の事前テスト
「金融商品に関する会計基準」では、ヘッジ会計を適用するための要件の1つとして次の通り「事前テスト」を定めています。
事前テスト
- ヘッジ取引時において、次のいずれかによって「リスク管理方針に基づきヘッジ取引が行われたこと」が客観的に認められること
- (ケース1)ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが文書により確認できること
- (ケース2)企業に存在する「リスク管理方針に関する明確な内部規定及び内部統制組織」に従ってヘッジ取引が処理されることが期待できること
- 引用元:金融商品に関する会計基準 第31項(1)
企業が比較的に単純な形でヘッジ取引を行う場合には(ケース1)により確認し、多数のヘッジ取引を行っており、個別のヘッジ取引とリスク管理方針との関係を具体的に文書化することが困難な場合には(ケース2)により確認することが想定されています(適用指針145項 参照)。
必要性
仮に事前テストが存在しない場合には、例えば、あるデリバティブ取引について、ヘッジ会計を適用する期とそうでない期の選択肢を経営者に与えることになり、企業の財政状態又は経営成績を表す財務諸表に恣意性が生じる危険に繋がります。
従って、経営者の恣意性を排除し利益操作等を防止するために、ヘッジ会計を適用する要件として事前テストが必要といえます。
また、事前にリスク管理方針を定めて企業のヘッジ取引に関する取り組みを明らかにすることで、関係者に理解を促し、実務上の煩雑な問題を事前に回避することができます。
事前テスト-単純なヘッジ取引のみを行う場合
上記の要件のうち(ケース1)による場合の手続きについて、実務指針に基づき時系列で整理すると次の通りです。
手続き-事前テスト
- 1.リスク管理方針の策定と承認
- 2.ヘッジ取引時の手続
- 2-1.リスク管理方針に従ったヘッジ取引の文書化
- 2-2.社内決裁
- ※単純なヘッジ取引のみを行う企業の場合を想定
以下、この手続きの順番で解説します。
1.リスク管理方針の策定と承認
リスク管理方針には少なくとも次の「リスク管理の基本的な枠組み」を定めて文書化し、企業の環境変化等に対応して見直す必要があります(実務指針147項)。
リスク管理方針の記載内容
- (ⅰ)管理対象とするリスクの種類と内容
- (ⅱ)ヘッジ方針
- ・リスク・カテゴリー別のヘッジ比率
- ・ヘッジ対象の識別方法
- ・リスク・カテゴリー別のヘッジ手段の選択肢
- (ⅲ)ヘッジ手段の有効性の検証方法
(ⅰ)管理対象とするリスクの種類と内容
経営者は、相場変動等に伴う損失リスクによる不測の事態への対応を考慮し、リスクの種類と内容を識別するとともに、これらの中からヘッジ取引の管理対象とするリスクの種類と内容を特定し、リスク管理方針に記載します。
(補足)リスク管理方針に記載するリスクの範囲
- ・「リスク管理方針」は通常、相場変動等による損失リスクのようなヘッジ会計で取り扱うリスクのみならず、企業が晒されるその他のリスクも包括的に定めたものです。
- ・このうち、ヘッジ会計を適用するために文書化を要するリスクは、「為替、債券、株式等の市場リスク、信用リスクや金利リスクのように市場価格その他の変動に対する資産又は負債等の時価やキャッシュ・フローの変化が合理的に定量化できるリスク」を指しています(以上、実務指針315項 参照)。
(ⅱ)ヘッジ方針
それぞれの詳細は次の通り。
<リスク・カテゴリー別のヘッジ比率>
ヘッジ会計の適用範囲とするリスク・カテゴリー別に「ヘッジ比率」を定めます。
(コメント)ヘッジ比率の必要性
- ・次の理由からリスク管理方針としてヘッジ比率を検討して記載することが必要と考えられます。
- ・ヘッジ取引はヘッジ対象のリスクを相殺することにより、その後の相場変動による損失発生を減殺させると期待されるが、一方で、機会利益を喪失させるなどヘッジ・コストを伴います。
- ・従って、経営上の判断を要することから経営者の主観的要素が介入します(以上、実務指針314項 参照)。
- ・例えば、商品の輸出を行う企業が、今後、円安が予想されるため、これまで100%の比率でヘッジしてきたが利益が喪失するため、ヘッジ会計の適用を止めるよう経営者が決定した場合を想像すると分かりやすいと思います。
(コメント)ヘッジ比率の定義の記載
- ・実務上の混乱を避けるために、例えば輸出取引の場合には「輸出額(ドル)に対するヘッジ対象とした額(ドル)の割合」といったように、リスク・カテゴリー別にヘッジ比率を定義し、リスク管理方針への記載することをお勧めします。
<ヘッジ対象の識別方法>
ヘッジ対象とヘッジ手段の対応関係が最も明確となる識別方法は、「取引単位で識別する方法」であり、実務指針においても原則的な方法として定めています(実務指針151項、319項)。
<リスク・カテゴリー別のヘッジ手段の選択肢>
実務指針では、ヘッジ対象に対するヘッジ手段として次の例を挙げています(実務指針143項(1))。
ヘッジ手段の選択肢の記載例
- ※ヘッジ対象↔リスク↔ヘッジ手段
-
外貨建取引(金銭債権債務、有価証券、予定取引等)
↔為替変動リスク
↔為替予約取引、通貨オプション取引、通貨スワップ取引等 -
株式
↔株価変動リスク
↔株式オプション等 -
固定金利又は変動金利の借入金・貸付金、利付債券等
↔金利変動リスク(相場変動リスク又はキャッシュ・フロー変動リスク)
↔金利スワップ、金利オプション(キャップ及びフロアーを含む。)、金利先渡、金利先物等 -
非鉄金属、食糧、食品、燃料等
↔商品価格変動リスク
↔国内外の商品取引所における商品先物取引・商品オプション取引等
(ⅲ)ヘッジ手段の有効性の検証方法
実務指針では、ヘッジ対象とするリスク・カテゴリーとの価格変動の相関関係の「測定方法」だけでなく、当該ヘッジ手段に十分な「流動性」が期待できるか否かの検討も含めることが望ましいとしています。
また、ヘッジの有効性テスト(事後テスト)を実施した場合、その結果は、同一のヘッジ取引のヘッジに係る事前テストに反映しなければなりません(以上、実務指針147項(2))。
(補足)測定方法
- ・実務指針では、測定方法として「比率分析」について、具体例を挙げて説明しています。
-
(例1)ヘッジ対象+100 ヘッジ手段△80
→相殺=80/100=80% -
(例2)ヘッジ対象△80 ヘッジ手段+100
→相殺=100/80=125% - ・実務指針では、両者の変動額の比率がおおむね80%から125%までの範囲内にあれば、ヘッジ対象とヘッジ手段との間に高い相関関係があると認められると定めています(以上、実務指針156項)。
(補足)流動性
- 実務指針では「流動性」の意味について次の2点を挙げて説明しています(実務指針314項)。
- ・需給関係により基礎商品の相場の動きとの相関関係が変化する
- ・極端な場合には市場が消滅する可能性
リスク管理方針の承認
策定したリスク管理方針について取締役会等の経営意思決定機関で決議します。
2.ヘッジ取引時の手続
次の手続きを行います。
2-1.リスク管理方針に従ったヘッジ取引の文書化
企業はヘッジ取引の開始時に次の事項を正式文書によって明確にしなければなりません(実務指針143項)。
必要事項-ヘッジ取引の文書化
- (ⅰ)ヘッジ手段とヘッジ対象
- (ⅱ)ヘッジ有効性の評価方法
(ⅰ)ヘッジ手段とヘッジ対象
リスク管理方針に従って識別します。取引単位の識別として、実務指針では次の例を記載しています。
例-ヘッジ対象とヘッジ手段
- (1)A社は、2年前に10年物の変動利付社債(額面10億円)を発行しているが、金利上昇による調達コストの増加を回避すべく、正規の社内決裁を経て、社債の満期まで金利スワップ(想定元本10億円、変動金利受取、固定金利支払)でヘッジした。
- (2)B社は、ドル建て5年間の延払条件で機械を輸出したが、円高による為替リスクを回避するため、正規の社内決裁を経て、輸出債権全額について取引銀行と為替予約(B社のドル売り)を締結した。
- 引用元:実務指針321項
(補足)ヘッジ指定
- 少なくとも次の事項を文書によって明らかにします(実務指針150項)。
- ・ヘッジ取引日
- ・識別したヘッジ対象とリスクの種類
- ・選択したヘッジ手段
- ・ヘッジ割合
- ・ヘッジを意図する期間
また、ヘッジ手段に関しては、その有効性について事前に予測しておく必要があります(上記のリスク管理方針の策定の部分を参照)。
(ⅱ)ヘッジ有効性の評価方法
比率分析(原則的な方法)により有効性を評価すること以外にも、オプションの時間的価値等の処理方法(実務指針171項)等を含めて、リスク管理方針に従って明らかにします(実務指針143項(2))。
2-2.社内決裁
社内の適切な職務権限に基づき、2-1.の文書を決裁します。
その後の手続
決算日などのタイミングで「事後テスト(有効性テスト)」を行いヘッジ取引の有効性を評価します。
会計基準等
※2024年10月19日現在。リンク先の会計基準等は最新版でない場合があります。
ヘッジ会計の仕訳を理解するために、はじめに「ヘッジ手段」として用いられる代表的なデリバティブ取引(先物/オプション/スワップ)の問題を掲載。段階的に難しい本論点を学習できます。PDCA会計の他の仕訳問題集と異なり、詳細な解説でデリバティブの仕組みを理解しやすくしました。