トレーディング目的で保有する棚卸資産とは|会計処理を解説
執筆日:2023年10月2日
※本記事は、2023年10月2日現在に公表・適用されている会計基準等を参考にしています。
※対象:上級者・実務家
※本記事の一部で著者の見解を述べています。
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」は、「棚卸資産の評価に関する会計基準」及び「時価の算定に関する会計基準」で会計処理や開示の定めがあり、商社を中心とした(連結)財務諸表で登場します。
本記事では、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」について、開示事例も含めて、会計基準の会計処理や開示を具体的に解説します。
トレーディング目的で保有する棚卸資産とは|会計処理を解説
目次
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」とは
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」とは、証券会社などで取り扱う「金地金」に代表される、当初から加工や販売の努力を行うことなく、単に市場価格の変動により利益を得る目的で保有する棚卸資産をいいます(棚卸資産の評価に関する会計基準 第60項参照)。
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」には、一般的な棚卸資産の会計基準として「企業会計原則」及び「連続意見書第四 棚卸資産の評価について」を適用します。さらに、期末評価やF/S表示については「棚卸資産の評価に関する会計基準(企業会計基準第9号。以下、棚卸資産評価基準)」を適用し、時価算定情報の開示については「時価の算定に関する会計基準(企業会計基準第30号。以下、時価算定会計基準)」「時価の算定に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第31号。以下、時価算定適用指針)」を適用します。
大手商社などが事業の1つとして金地金などの短期売買を行っており、これらの会社の有価証券報告書で「トレーディング目的で保有する棚卸資産」の開示が観察できます。
取引の特徴
証券会社で扱っており、株式・債券などの「有価証券」のように売買される一方で、一般商品と同じ「金地金などのモノの売買」でもあることです。
従って、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」を扱った複雑な取引の中には、後述する「コモディティ・ローン取引」のように、会計処理が一意には定まらないような取引が存在します。
会計処理
会計基準で解説される「トレーディング目的で保有する棚卸資産」に固有の会計処理は、次の通りです。
分類・保有目的の変更
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」としての分類上の留意点や保有目的の変更の処理は、「金融商品に関する会計基準(企業会計基準第10号)」に定める「売買目的有価証券」の取り扱いに準じます(棚卸資産評価基準 第16項)。
(解説)分類上の留意点
棚卸資産を「通常の目的で保有する棚卸資産」と「トレーディング目的で保有する棚卸資産」に分類することを意味すると捉えられます。
そして、「売買目的有価証券」とは、時価の変動により利益を得ることを目的として保有する有価証券をいう(金融商品会計基準 第15項)ことから、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」を「時価の変動により利益を得ることを目的として保有する棚卸資産」として、分類します。
棚卸資産評価基準には、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」の定義の定めがありませんが、売買目的有価証券に準じた取り扱いとすることで、実質的には定義が定められています。
期末評価
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」は、時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は当期の損益とします(棚卸資産評価基準 第15項)。
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」には、時価算定会計基準に定める「時価」が適用されます(棚卸資産評価基準 第4項)。
B/S・P/L表示
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」は、棚卸資産の一般の表示規則(財務諸表等規則・連結財務諸表規則)に従って、「棚卸資産」などの科目で貸借対照表に表示します。
表示規則の定めに従って、適切な科目を用いて別掲することもできますが、後述の注記事項で「トレーディング目的で保有する棚卸資産」の貸借対照表価額が掲載されることから、貸借対照表上では別掲せずとも、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」のB/S価額が分かります。
P/L表示については、棚卸資産評価基準上に定めがあり、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」に係る損益は、原則として、純額で売上高に表示します(時価算定会計基準 19項)。
つまり、売上高と売上原価とを別々に総額表示はしない、ということです。
(解説)営業外収益への表示の可否について
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」を営業外収益の段階に表示することは、一般的には考えられません。
「棚卸資産」の範囲は、「連続意見書第四 棚卸資産の評価について」に定められていますが、この範囲のうち、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」は「(イ)通常の営業過程において販売するために保有する財貨又は用役」に該当すると考えられるからです。
つまり、会社の事業として反復継続する営業活動の循環過程にある棚卸資産であることから、営業外収益とはならず、売上高として表示します(表示科目については表示規則の定めに従います)。
注記事項
時価算定会計基準・時価算定適用指針の注記事項のうち、売買目的有価証券に準じて注記します
具体的には、金融商品会計基準第40-2項(3)「金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項」のうち、売買目的有価証券について注記される項目について注記します。
ただし、重要性の原則の適用があります。また、連結財務諸表で注記する場合には、個別財務諸表の注記を要しません(以上、時価算定会計基準 19-2項)。
開示事例(国内IFRS適用企業)
「トレーディング目的で保有する棚卸資産」の開示状況について、日本国内の大手商社5社(全てIFRS適用)の2023年3月期の有価証券報告書を「EDINET」で確認したところ、販売費用控除後の公正価値で評価している旨の記載が見受けられました。
また、トレーディング目的で保有する棚卸資産の時価のレベルごとの内訳等に関する事項の注記は、4社で確認でき、「レベル1(のインプット)」の記載は1社のみ存在し、「レベル2(のインプット)」は4社全てで記載がありました(レベル3の記載は0社)。
「レベル1(のインプット)」による測定は1社のみ存在し、「取引市場価格」で評価していました。
「レベル2(のインプット)」は4社で確認でき、「相場価格などの観察可能なインプットを使用したマーケット・アプローチ」「取引相手方又は第三者から入手した相場価格に基づき評価され、マーケットアプローチに基づく観察可能なインプットを使用した価格モデル」「対象となるコモディティ取引価格等に基づく価格フォーミュラ等」「市場価格に一定の調整を加えて算定された公正価値」といった内容の記載がなされています。
(参考)コモディティ・ローン
上記事例のうち、1社は、「トレーディング目的で保有する棚卸資産」に関する取引として、「コモディティ・ローン取引」を行っています。
「コモディティ・ローン」では、会社が金地金などの「コモディティ」を貸手から借り受け、同一契約条件に会社の取り分(報酬)を上乗せして、借手との間で類似の取引を行います。
「コモディティ・ローン」の会計処理については、「資産・負債を認識して棚卸資産を計上する見解」と「資産・負債を認識せず、証券貸借取引に類似するものと捉える見解」の2つの見解が存在するとされており、IFRS解釈指針委員会(IFRS-IC)は、「コモディティ・ローン」に合致するIFRS基準は存在せず、適用すべき基準は明らかでない、という旨のコメントを2016年11月に公表しています。
会計基準等・参考文献
会計基準等
※2023年10月2日現在。リンク先の会計基準等は最新版でない場合があります。
・企業会計原則(昭和57年4月20日 大蔵省企業会計審議会)
・連続意見書第四 棚卸資産の評価について
・棚卸資産の評価に関する会計基準(企業会計基準第9号)
・時価の算定に関する会計基準(企業会計基準第30号)
・時価の算定に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第31号)
・金融商品に関する会計基準(企業会計基準第10号)
・金融商品会計に関する実務指針(会計制度委員会報告第14号)
・金融商品の時価等の開示に関する適用指針(企業会計基準適用指針第19号)